「若草物語」 原作:オルコット


◆第一場

(幕が開く。敷物の色も褪せ、贅沢な家具もないがこざっぱりした居心地の良さそうな古い部屋。壁には絵が掛けられ、窓辺にはクリスマス・ローズが飾られており、平和な家庭の雰囲気を醸し出している。パチパチと楽しそうな音を立てる暖炉を囲むように、四姉妹がミシンに向かったり編み物をしている)
ジョープレゼントのないクリスマスなんて意味ないよ!あのやかましいマーチ伯母さんの相手を毎日してるってのに、年に一度きりの楽しみもないなんて!(敷物の上に寝転んで編み物を振り回す)
メグ私だって、毎日、あの手間のかかる子供達の家庭教師をやったわ。貧乏って嫌ね…(溜息をついてミシンを動かすのを止め、自分の古びた洋服や荒れた手を眺める)
エイミー何でも持っている子がいるのに、何も持っていない子がいるなんて不公平よ!(ぷんぷんしながら姉たちを真似て、一人前に不平を口にする)
ベスだけど、私達には家族がいて、皆仲良しだもの。(控えめながらも満足そうに)
(ベスの幸せそうな言葉にはっと顔を見合わせる姉妹達、恥ずかしそうに笑い合う)
メグ(口調を変えて)私たちはプレゼントなしでも、お母様には何か差し上げたいわ…
ジョーあ、それ、賛成。それぞれお小遣いで何か差し上げようよ。
(賛成、賛成の声が上がり、自分たちに出来るクリスマスプレゼントの話で盛り上がる)
マーチ夫人(扉を開けて入ってきて)まあまあ、随分楽しそうだこと。
(娘達、口々に「お母様、お帰りなさい」「お帰りなさい」と出迎える)
マーチ夫人今日はいいものがありますよ、お父様からのお手紙です。
(封筒を手にしたマーチ夫人、暖炉の傍の大きな椅子に腰掛ける。父の手紙と聞いて大喜びの娘達、母の足下にはベス、ジョーは椅子の背に凭れ、メグとエイミーはそれぞれ椅子の左右の手すりに腰掛けて、戦場からの父の手紙に聴き入る)
(ライトフェードアウト。幕)
◆幕間(幕前)

(下手側からジョーが長靴を履いてスコップを持ち、舞台幕前に出て来る)
ジョー(袖口から声が掛けられた様子でそれに大声で返事をして)ちょっと運動してくるわ。そうね、雪掻きでも!(雪掻きをしていて、ふと、客席向こうの隣家の方を窺い見る様子。あ、と小さな声を挙げると向こうを覗き込む仕草)
ジョーうんうん、あのじーさんの馬車はないわね。(ニヤッと笑うとスコップを足元に置き、雪を掻き集めて雪玉を作り客席の方に放り投げる仕草)
ジョーあっ、気付いた気付いた!こんにちはー、出て来ない?…ご病気なの?風邪?(あたかも二階の窓辺に隣家の少年がいるかのように手を振って)
ジョーそれは出られないわね、残念。…え?私がお邪魔してもいいの?(スコップを担ぎ上げ)お母様に聞いてくるわ、それまで窓を閉めて大人しくしてらっしゃい。すぐに行くから待ってて!
ジョー(舞台下手袖へと急いで消えて行く)
(幕前。中央に扉)
ナレーター(ジョーは家に帰り、スコップを片づけ長靴を取り替えながら、姉妹達にお隣への訪問を告げる。突然のことに、皆大わらわ。メグお手製のブラマンジェや家族からの温かい心尽くしのお見舞いでいっぱいのバスケットが出来上がる)
ジョー(舞台下手より幕前にバスケットを手に急ぎ足で登場。勿体ぶった仕草で中央の扉をノック)
ローリー(舞台上手側から幕前に出て、嬉しそうに扉を開ける仕草で出迎える)いらっしゃい。さあ、どうぞこちらに。客間、いや、書斎が良いかな。
ジョー(見回し、マーチ家とは雲泥の差の豪華な屋敷内に溜息を吐くものの本来の目的を思い出して)いいえ、私の方があなたのお見舞いに来たのよ。気を遣わないでちょうだい。
ローリーせっかくのお客様をお持て成ししない訳にはいきませんからね。貴女はどちらがくつろげるだろう?
(本が好きだと言うジョーに書斎案内を提案するローリー。もちろん、ジョーに異存はない。共に上手袖へと消える)
◆第二場 ローレンス家・書斎

(幕が開くと、ライトアップ。ローレンス家の書斎。)
ローリー(ジョーを案内してきて)本が好きなら家の書斎に来るといいですよ。今は祖父も出掛けていますから、怖がる事はありません。
ジョー(あらっと胸を張り)私に怖いものなんてないわよ!(小声で)あの、やかまし屋のマーチ伯母さんの話し相手をしているんですもの。
ローリー(小声は聞き流し笑い声を上げ)…だと思った。頼もしいな。
ジョー(豪華な調度設備の整った、本がぎっしりの書斎を案内され、その蔵書に興奮し、感嘆の声を上げる)あなたって、世界で一番幸福な人だわ!(大満足の様子で感極まったように)
ローリー人は本だけで生きてはいけませんよ(勿体振った様子で首を振る)
ジョー(ゆっくりと頭を振り)あなたはどんな宝物に囲まれているのか自覚がないのよ…ああ、また本来の目的を忘れるところだったわ。どれか本を読んであげましょうか?
ローリー有難う。でも、僕はここにある本はみんな読んでしまったので…。あなたさえお嫌でなければ話がしたいんだけど。
ジョーあら、嫌じゃないわ。会話の糸口を見付けて下されば、一日中喋っていてもいいのよ。ベスは私が喋り出したら止まるのを知らないって言うの。
ローリー(少し得意げな顔で)ベスさん、大抵家にいてたまに小さな籠を下げて出掛ける薔薇色の頬の…。そして、綺麗な方がメグさん。巻き毛の方はエイミーさん。
ジョー(あらっと驚いた顔で)どうして知ってるの?
ローリー(しまった、と言いたげな恥ずかしそうな顔で)あなた方が名前を呼び合うのが聞こえるんです。僕一人でこの家にいると、つい、お宅を見てしまうんです。いつも賑やかで楽しそうにしていらっしゃるから。覗いているなんて、随分と失礼なんですけど…。夜にランプがついた時、お母様を囲むあなた方の様子は一枚の絵のようです。
ジョー(相手の言葉に穏やかに微笑んで)これからはカーテンを引かないでおくわ。そうすれば好きなだけうちを眺められるじゃない?ほんとはそれよりも家に遊びに来てもらいたいんだけど。みんなで歓迎するわよ。…お祖父様、許して下さらないかしら?
ローリー(えっ?と嬉しそうに)本当ですか?(少し考えるように俯き)お宅のお母様が頼んで下されば…。祖父はああ見えて実は優しいんです。僕のしたい事は大抵許してくれますよ。僕が知らない方に御迷惑をかけるかもしれないと心配しているんです。
ジョー私達、知らない人じゃなくてお隣同士よ。迷惑だなんて思わなくてもいいのに。私達はあなたとお友達になりたいし、私はずっとその方法を考えてたんだから(遠くで聞こえるドアのベルの音に飛び上がり)あなたのお祖父様だわ、どうしましょう!
ローリー(狼狽える様子に笑いを噛み殺しながら)おや、それがどうしました?あなたは怖いものなんてないはずでしょう?
(一人の長身の青年が控えめに扉から顔を出して声を掛ける)
ブルック先生ローリー、お客様が来ている時に申し訳ないが、お医者様だよ。(それだけ告げると、ジョーに黙礼をして戻っていく)
ローリーああ、有難うございます、ブルック先生。(その姿を見送って、ジョーに告げる)僕の家庭教師です。(再度、脇から声がかかると、ローリー慌てた様子で)…っと、あまりお待たせする訳にいかない。診てもらってきますので、すみませんが少し待っていて下さい。
(ローリーはジョーに一声かけて引っ込む。行ってらっしゃいと声を掛け見送って、一人になったジョーは壁に掛かったローレンス氏の肖像画を前に独りごちる)
ジョーウォッホン!(咳払いをして、嗄れ声を出し)わしがローレンスじゃ。わしは気難し屋で通っておる。
(ジョーの背後でドアの開く音)
ジョー(全く気にしない様子で続ける)この方、そんなに怖くないわ。目が優しいもの。口元はちょっとむっつりしてて随分と頑固そうに見えるわ。それに、うちのお祖父様ほど立派なお顔立ちでもないけど。でも、私は好きだわ。
ローレンス氏ウォッホン!お褒めに与り、有難う、お嬢さん。
ジョー(ぎょっとして振り向き、其処に見付けた人物に大慌て)ごご、ごっ、ごきげんよう!
ローレンス氏(気むずかしそうな顔で暫くジョーを見ていたが、重苦しい沈黙を破って)あんたはわしが怖くない、と言うのかね?
ジョー(蚊の鳴くような声で)え…ええ、それほど。
ローレンス氏(近づき、顔を覗き込むようにして)しかし、わしはあんたのお祖父さんほど立派な顔立ちではないそうじゃな?
ジョー(一瞬言葉に詰まるが、言ってしまったことは仕方がないと観念して)…はい、そうです。
ローレンス氏(ふむ、とヒゲを扱きつつ)それでも、このわしが好きじゃと?
ジョー(逃げ道を探すように周りを見るものの、退路はなく観念した顔で)はい、好きです。
ローレンス氏(嬉しそうに手を差し出し、ジョーに握手を求める。少しジョーの顔を眺めて)顔はあまり似ておらんが、あんたはお祖父さんの気質を持っておる。立派な方じゃった。勇気があって正直でな。わしはあの方と友達じゃった事を自慢に思うておる。…で、あんたはうちの孫に何をしようとしておるんじゃ?
ジョー(気後れしつつも握手に応じていたが、祖父と知り合いと聞けば俄然元気付き)お祖父様と御友人でいらしたんですか?それならお話は簡単です。私達もただ友達になりたいだけです。彼にはお友達が必要だし、もう少し元気を出した方がいいかと思いまして。
ローレンス氏あれはあの子の気性の所為じゃ。…しかし、そうじゃな。お前さんに任せてみようかの。
ジョー任せる、ですか?(不思議そうに聞き返すものの、折り悪しく鐘の音が聞こえ)
ローレンス氏おお、お茶の時間じゃ。こちらでお友達ごっこを続けるがいい。なあに、迷惑なら誘うたりはせん。(紳士らしくジョーに腕を貸してエスコートしていく)
ジョーありがとうございます(淑女らしくローレンス氏の腕に手を預けて一緒に出て行く)
(ライトフェードアウト。幕)
◆幕間

ジョー(声だけ)ローレンスさんの書斎、すっごい蔵書数で退屈しないわ!マーチ伯母さんの所でこき使われた後に読むのって格別に幸せ!
メグ(声だけ)私はあのお屋敷では温室が好きよ、たくさんの花を愛でて花束を作るの。嫌なことも忘れて癒されるわ。
ジョー(声だけ。少しからかう口調で)あら、お姉さまのお目当ては他にもあるんじゃないの?
エイミー(声だけ。はしゃいだ調子で)メグ姉さまはブルック先生と一緒にいると楽しそう!
メグ(声だけ。慌てた様子で)…そ、そんな事はないわ…変なことを言うのは止めてちょうだい。
エイミー(声だけ)ローレンスさんの家の中には素敵な絵や彫刻がいっぱいあるの。スケッチするのも楽しいわ。
ベス(声だけ。小さめの声で)あちらの…客間の…グランドピアノ…、どなたも弾かないなら、私が……。
◆第三場 マーチ家・居間

(日課である人形との散歩から戻ってきたベスを姉妹が大騒ぎで迎える)
ジョーベス、早く早く!
メグお隣のお祖父様から贈り物よ!
エイミーお祖父様があなたにピア…(ジョーに口を塞がれる)
ジョーあれ、御覧なさい!
エイミーほら、あれ見て、あれ!
(居間の奥には縦型の小さなピアノがあり、蓋の上には「エリザベス・マーチ嬢」宛てのカードが置かれている)
ベス…私に……?(信じられないといった風に答え、倒れてしまいそうになってジョーにつかまる)
ジョーそう、あなたのよ。ローレンスのお祖父様って素敵な方じゃない、世界で一番だわ!(妹を抱き締めながらピアノの鍵を渡し、大声で)
ベスし、信じられない…こんなの…なんだか変な気持ちがして…だって、素敵過ぎて……。(ジョーにしがみついたまま訴える)
メグこれは夢でも幻でもないわ。ベス、しっかりして。
エイミーねえねえ、ベス、弾いてみてよ。聴きたいわ。
(早速姉妹達に勧められてピアノを弾いてみるベス。それぞれピアノに寄り掛かったりしながら、その調べに聴き入って)
メグ音色も素敵だけど、この装飾!何て綺麗なの、蝋燭立ての細工も椅子も完璧だわ…。
エイミーこれをあの方がベスに下さったんだわ、私みんなに自慢する!
ジョーねえ、ベス。ローリーに聞いたんだけど、ローレンスさんって亡くなったお孫さんをそれは可愛がってたんですって。その方の形見を頂いたんだから、お隣にお礼に行かなくちゃね?(最後はからかうように)
ベスええ、そのつもりよ。今すぐ行ってくるわ。(立ち上がり、しっかりした足取りで出ていく)
(残された姉妹達の呆気にとられた顔。ライトフェードアウト。幕)
◆幕間

(ベスが一人、下手袖から出て来て上手へと向かう)
メグ(声だけ)ほ、本当に行ってしまったわ。
ジョー(声だけ)嘘、あのベスが?
エイミー(声だけ)お隣へ一人で行っちゃった!ローレンスさんに会いに!
ベス(決意に満ちた表情で、普段の様子からは信じられないほどしっかりした足取りで歩きながら)今、お伺いしておかなくては…。また、思案している間に怖くなってしまうといけないもの……。(上手袖へと消えて行く)
◆第四場 ローレンス家・書斎

(幕が開いてライトアップ。ベス、ローレンス氏の書斎の扉をノックする)
ローレンス氏お入り!(機嫌の悪そうな声で応じるものの、入ってきたベスに気付くと呆気にとられた顔になる)
ベス(真っ直ぐにローレンス氏の前まで進み、両手を揉み絞り)私、お礼を言いたくて参りましたの…。だって、あの……(感極まってしまい、続けるべき言葉を失い老人の首に抱き付く)
ローレンス氏…(非常に驚くものの同時に感動し、ベスを膝の上に抱き上げて仲良く色々な話をする)
(ライトフェードアウト。幕)
◆幕間

エイミー(声だけ)ローリーってほんとに馬に乗るのが好きなのねぇ。あの人が馬に使うお金がほんの少しでも私にあればいいのに!
メグ(声だけ)あら、どうしたの?
エイミー(声だけ)お金がとっても必要なの。だって私、たくさんの借金があるんだもの。
メグ(声だけ)借金ですって?
エイミー(声だけ)ええ、今ね、学校で塩漬けのライムが流行ってるの。私、少なくとも1ダースくらいの借りがあるのよ。もらってばかりでお返し出来ないからけちんぼだって言われちゃう。
◆第五場 マーチ家の居間

ナレーター(メグにお小遣いを工面してもらい、たくさんのライムを手に登校するエイミー。しかし、意地悪な級友にその事を先生に言い付けられてしまい、酷い罰を受ける。定規で何度も手を打たれ、教壇の上に立たされるという屈辱を味わったエイミー、途中で学校から逃げ帰ってくる。)
(幕が上がり、ライトアップ)
エイミー(泣きながら家に帰ってくると、学校で起きた出来事を少々オーバーに母や姉達に訴える)
メグエイミー、手を出して。薬を塗っておかなければね。(一緒になって悲しみながら傷の手当てをして)
ジョーなんてことをするんだろう!そんな先生、捕まっちまえばいい!(憤慨しきって、拳骨を振り回す)
ベス(自分の大事にしているお人形を持ってくるが、それもエイミーの慰めにならないだろうと悲しげに立ち尽くし)
マーチ夫人(姉妹達の様子を黙ってみていたが少なからず心を乱された様子で、そっと促してエイミーを舞台中央へ連れて行き)あなたは学校に行かなくてもいいですよ、エイミー。家でベスと一緒にお勉強なさい。女の子に体罰を与えるという先生にも感心しないし、学校のお友達もあなたの為にならないように思います。ただし、余所に転校するかどうかは手紙でお父様の御意見を聞いてみましょうね。
エイミー(哀れっぽい悲劇的な口調で)みんなが退学してあんな学校潰れてしまえばいいのに。あの美味しそうなライムの事を考えると気が狂いそうになるわ!
マーチ夫人エイミー、塩漬けのライムの事であなたを可哀想だとは思いませんよ。規則を破ったのですからね。先生の言い付けを守らなかった事に対して、罰を受けるのは当然ですよ。
エイミーそれじゃあ、お母様は私がみんなの前で恥をかかされたのが嬉しいの?(不満そうに大きな声で)
マーチ夫人(少し溜息をついて)お母様だったら、子供の過ちを正すのにそんなやり方はしなかったでしょうね。でもね、甘やかしていたらあなたの為になるかと言えば判らないのよ。あなたはこの頃、少し自惚れ屋さんになりかかってきましたよ。見せびらかしたりしてはせっかくの才能も台無し。本当の才能や美徳はいつかは人目につくものですよ。お姉さま方やローリーを見て御覧なさい。
エイミー(ずっと沈み込んでいた様子だが、母の言葉に何か思い当たったらしく)メグ姉さまはお母様がお忙しい時に私達の面倒を見てくれるし、ジョーだって短気なところや男の子みたいな言葉遣いを直そうと頑張ってるし、ベスもローレンスさんと仲良くしていてはにかみ屋さんじゃなくなって…。だったら私はなあに?自惚れ屋で我が儘な嫌な女の子だわ。お母様、私、どうすればみんなみたいにいい子になれるのかしら?
マーチ夫人よく気が付きましたね。欠点は誰にでもあるものだけど、それを直そうと頑張るのはとても大事な事だと思いますよ。いい部分というのは控えめにしていれば自然に表れて来るものですよ、エイミー。自分から見せびらかす必要はありません。何と言っても、謙遜ほど人を惹き付ける事はありませんからね。
エイミー(思慮深く頷く)はい、お母様。私、これからみんなに負けないように頑張るわ。
ナレーター(前年のクリスマスからほぼ一年。マーチ家の娘達は確実に成長していた)
(ライトフェードアウト。幕)
◆幕間

ジョー(声だけ。苛々した口調で)この間、メグがローレンスさんの所に片方だけ忘れた手袋、ブルックさんが大事に持ってるってローリーが言っていたわ。ローリーが問い詰めたら、あの人ったらメグを好きだと白状したんですって!メグはまだ若いし、自分は貧乏だから言い出せないでいるって。ねえ、メグ、これは由々しき問題だわ!
メグ(声だけ。相手を嗜める少し呆れた口調で)ジョー、少しは落ち着いて静かにしたらどうなの。ジョンは立派な方よ。病気のお父様の所にお母様と御一緒して頂いたけれど、それは良くして下さったってお母様が褒めていらしたじゃないの。それに、何がそんなに問題なのかわからないわ。私はあの方の事を特別に好きな訳でもないって言ったでしょう?
ジョー(声だけ。メグの台詞を遮るように)ジョンですって?いつの間にそんなに親しくなったの?ああ、メグはブルックさんに騙されているのよ。お父様もお母様もすっかり丸め込まれたみたいだけど、私は絶対に許しませんからね!いっそ私がメグと結婚したいわ!
メグ(声だけ。心底呆れたように)何、馬鹿な事を言っているのよ。あのけちんぼで偏屈なマーチ伯母さんの相手をしているからって、ジョーまでおかしくなることないんじゃない?
ジョー(声だけ。傷ついた声音で)私は真剣にメグのことを心配しているのにっ!
◆第六場 マーチ家・玄関付近

(玄関のベルの音、続けて部屋の中から応対に出る軽い足音)
(幕が開くとマーチ家の玄関。メグは扉を開けたところで立ち尽くす)
ブルック先生こんにちは、お久しぶりです。
メグ(声をかけられて我に返り、挨拶を返しながらながら)あ、あの、母がお目にかかりたいだろうと存じますわ。すぐに呼んで参りますのでどうぞ中に入ってお掛けになって…。
ブルック先生(メグの言葉を遮るように)どうか行かないで。僕が怖いのですか?マーガレット。
メグそ、そんなことは…(マーガレットと正式に呼ばれるのは初めてなのに、自然に響いて、自分でも驚いた様子を隠しきれず)
ブルック先生御迷惑はおかけしません。あなたが僕の事を少しでもどうにか思って下さっているのか、それが聞きたいだけなんです。メグ、僕は本当にあなたを愛しています。
メグ…ぞ、存じませんわ、私はまだ若過ぎますし……(小さな声で呟くように)
ブルック先生(身を屈めてメグの声を聞き取ろうとし、その手をしっかり握って)あなたが二十歳になるまで待ちますよ。
メグ(ブルック先生の落ち着いた様子や優しく自分を見詰める眼差しに動揺してしまい、ブルック先生の手を振り払って)待つなんて馬鹿な事を言うのはよして!私の事は放っておいて、どうぞお帰りになって!(言うや否や、その場を離れようとする)
ブルック先生(驚いた様子でメグの後を追い、動きを遮るように前に立ち)本気でそう仰るのですか?メグ。僕はいつまでもお待ちします。少しずつでも気持ちを変えては頂けないでしょうか。あなたがゆっくり考えて下さるまで何も言いません。
メグ(毅然とした態度で)私、煩わされるのは嫌ですわ。こんな事考えたくもありませんし、あなたにも私の事を考えるのを止めて頂きたいんです。そうして頂く方が嬉しいんですの。
(突然訪問してきたマーチ伯母が入って来て、青ざめて立ち尽くす青年と少し赤くなった姪を見付ける。ブルック先生、マーチ伯母に会釈すると、いたたまれずに奥の書斎へと逃げていく)
マーチ伯母(呆れた様子で大袈裟に)おやおや、何だい、このざまは!
メグ(思わず後退りしながら)ご、ごきげんよう、伯母様。…お、お父様のお友達の方ですわ。あの、母を呼んで参りますわね…。
マーチ伯母(語調を荒げて)お待ち!あたしも一言言わせてもらうよ。あれがローレンスの家庭教師だね?この間、ジョーがあんた達の事で嘆いていたよ。可哀想に!で、あんたはそのルックとか言う男と結婚するのかい?そうなら、あたしは一文たりともあんたに財産を渡しやしないよ!
メグ(さっと青ざめ、次に赤くなって、毅然とした顔で)私はお金なんて要りません。伯母様はお好きな方にお金を差し上げれば宜しいのですわ。
マーチ伯母(メグに躙り寄り、言い聞かせるように)よおく考えてごらん。いい家に嫁いで実家を盛り返すのが、長女たるあんたの義務じゃないのかい?金もなければ地位もない、貧しいクックとやらはあたしの財産が目当てなんだよ。ローレンス爺の援助だってそうそう続くまいからね。
メグ(憤慨した面持ちで)私は伯母様の言いなりになんてなりません。…私が愛しているのはあの方だけですわ。私のジョンはお金を目当てに結婚するような方ではありませんし、貧乏も働く事も苦じゃありません。今までだってそれで幸せでしたもの、私達の事に口出しなさらないで!
マーチ伯母(姪の剣幕に押されつつもふんと鼻を鳴らして)強情な娘だね!あんたは大損をした事に後で気付くんだよ。やれやれ、あんたには失望したよ。あんたの母さんに頼まれごとがあったんだが、もう知るもんかね。長居は無用、あたしは帰らせてもらうよ、あんたのジョンとその知り合いとやらにせいぜい面倒を見てもらうといい。
(マーチ伯母がかんかんに怒って出ていくと、大きな音を立てて扉が閉まる。)
(マーチ伯母に自分の思いの丈をぶつけてしまった反動で、呆然と立ち尽くすメグ。背後からブルック先生の腕が伸びてきて、彼女を抱き締める)
ブルック先生聞かずにはいられませんでした、メグ。…あなたは僕を弁護してくれたし、伯母様はあなたが少しは僕の事を好きなのだと証明して下さいましたからね。
メグ(ブルック先生の腕の中ではにかんで赤くなり)…伯母様があなたの悪口を口にするまで、自分の気持ちに気付いていなかったのですわ……。
ブルック先生愛しいマーガレット…。
(一つに寄り添う影。ライトフェードアウト。幕)
◆幕間

ジョー(声だけ)誰か何とかして!ジョン・ブルックが恐ろしい事をして、メグがそれを喜んでるのよ!
エイミー(声だけ。はしゃいだ口調で)ご婚礼の日が待ち遠しいわ。ねぇ、ベス?
ベス(声だけ。うっとりした口調で同意して)ええ、本当にそう思うわ。メグはきっと綺麗な花嫁さんだわ。
ローリー(声だけ)ジョー、浮かない顔をしてどうしたんだい?
ジョー(声だけ。訴えるように)この結婚には反対なの。メグを他人にあげてしまうのが、私にとってどんなに辛いか…。
ローリー(声だけ)あげてしまう訳じゃないよ。メグは幸せなんだし、ブルック先生は立派な家庭を作るだろう。それに君には僕が付いてるじゃないか。
ジョー(声だけ)でも…(不満そうに言い募ろうとするものの、真摯な言葉に打たれ)ありがとう、ローリー。あなたのお陰で、私、いつもどんなに慰められるか…。
◆第七場 マーチ家の居間

(幕が開きライトアップ。ベスは長椅子に横になり、マーチ夫人や他の姉妹達はそれぞれ好きな場所で寛いでいる)
ナレーター(一年後のクリスマス、大病を患っていたベスも次第に元気を取り戻しつつあった。戦場で病に倒れたマーチ氏も良い状況との嬉しい知らせが入り、昨年より少し大人になった四姉妹の姿がある)
ジョー一年前のクリスマス、プレゼントもないって文句を言っていたのよね、私。(縫い物の手を休め、思い出して可笑しそうな口調で言うと、べスの方を向き)べス、暖かくしていて?欲しい物はない?
ベス(少し弱々しい笑顔で)大丈夫よ、ジョー…去年と同じ。お父様もご回復なさったし、私も少しずつ快方へ向かっているし…
メグ(左手の婚約指輪を大事そうに見つめ)この一年でいろいろなことがあったわね。
エイミー私もお勉強頑張っているわ。べスが悪かった間、マーチ伯母さんのところで、大人しくしていたし。
マーチ夫人(ゆっくりと頷いて)お父様がご覧になれば、愛しい娘たちの成長振りに吃驚なさるでしょうね。
(遠い戦場の父を思い、しんみりと頷く娘たち。そこへノックも無しに扉が開き、ローリーがやって来る。口々にメリ・ークリスマスと声をかけるマーチ家の人々)
ローリー(興奮した面持ちで)マーチ家の皆様に、もう一つクリスマス・プレゼントです!(扉の方へ振り返って)…ブルック先生、大丈夫でしょうか?
(その言葉が何を指しているか瞬時に理解した一同、各々に声を上げる)
ベス(ソファの上に起き上がろうとしながら)お父様?
ジョー(ベスを助け起こしながら声を震わせ)お父様がお帰りになったのだわ!
(幕。二人分の靴音が止まり、扉が開く音)
メグ(声だけ)お父様、お帰りなさいませ!
ベス(声だけ)お父様、お帰りなさい…
エイミー(声だけ)お父様〜〜っ!
ジョー(声だけ)お帰りなさいませ。お父様!
深葉版・若草物語〜完〜

深葉版脚本:伏原麻美子・漢見鴫子(文芸部)

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