†いつも愛が支配する†



ここはリリアン女学園の生徒会役員が集う薔薇の館。
白薔薇さまこと佐藤聖が珍しく一人で窓際の椅子に座っている。
いつになく真面目な眼差しで窓枠に頬杖をついて凭れているので、手にしたマグカップのコーヒー
も既に冷めたまま。
「……」
いつもなら大勢の中で、可愛い下級生を口説いたりなぞしているので、エキゾチックな顔立ちに似
合わぬ「おやぢ」で知られているのだが…
今はひとりきりでとても物憂げな表情で……
そう、ここしばらく彼女のこんな表情を見た者はいないのではないのではないかと思われるほど。


「ごきげんよう!」
元気な声から先に飛び込んで来たのは、つい先ごろロサ・キネンシス・アン・ブウトン・プチ・ス
ールとなった一年生の福沢祐巳。
薔薇ファミリーのメンバーとしては変り種で目下のところ上級生達の溺愛の的。
「ごきげんよう、祐巳ちゃん。いつも元気だね」
憂いの眼差しで扉を振り向いて白薔薇さまがのたまう。
「ぁっ…」
祐巳は扉を開けたところで固まってしまう。
数十秒の沈黙の後で、白薔薇さまは頬杖をついたまま静かに微笑む。
「どうしたの?祐巳ちゃん」
声を掛けられて祐巳は赤くなる。
もじもじしながらしどろもどろに…
「あ、あの、その…お邪魔してしまいました。申し訳ありません」
ぺこりと頭を下げると、トレードマークのツインテールが祐巳の仕草に併せてぴょこんと揺れる。
「気にしないで」
ふっと微笑んで白薔薇さまは立ち上がり、前髪を掻き揚げる。
絵になるその仕草に祐巳は思わず見惚れてしまう。
それは白薔薇さまが大好きだからというよりも、綺麗なものが大好きな女の子の自然の反応で…
「来てくれたのが祐巳ちゃんで良かった。ほら。蓉子や江利子にこんな顔見せられないから…」
他の薔薇さま方に心配をかけたくないという白薔薇さまの気持ちはわからなくもないが、それなら
後輩ならいいのか、とツッコミたいところ。
いつもの白薔薇さまなら祐巳はそうしていただろう。
しかし、目の前の憂い顔の白薔薇さまを見ていると、一年生の祐巳にはとてもそんな真似はできる
はずもなく、青くなったり赤くなったりして困っている。
「あ、あの、あの…」
とにかく何か言わなくては。
そういう焦りで言葉を紡いだものの、白薔薇さまの問うような眼差しにしどろもどろになってしまう。
そんな祐巳をじっと見つめたまま、白薔薇さまが一歩、また一歩、ゆっくりと祐巳に近づいて来る。
エキゾチックな彫りの深い顔が、真剣な眼差しをじっと祐巳に注いだまま間近に迫ってくる。
「あのっ!!」
耐え切れなくなって祐巳は白薔薇さまの目を見つめたままなんとか呪縛から逃れようと抗う。
「あの!お茶淹れますから…」
咄嗟に思いついた台詞はあまりにも陳腐だったが、祐巳はそれにすら気付かないくらいに動揺して
いた。
祐巳の申し出に一瞬眉を上げた白薔薇さまだったが、ふっとアンニュイな笑みを浮かべて祐巳の目
の前に。
「さっきコーヒー飲んでたから、今はお茶よりも祐巳ちゃんがいい」
「へ?」
ぐいっと手首を捕らえられて祐巳はパニックになる。
「あの、あの、あのっ!!」
「祐巳ちゃん、傷心の私を見捨てる気?」
いつものように後ろからいきなり抱きしめられるのはきゃーっと叫んで逃れようと抗えるが、この
ように悲しそうな眼差しで見つめられては……
あ、でも。傷心って一体?
祐巳はぎゅうっと真正面から抱きしめようとする白薔薇さまの顔を思い切って見上げて尋ねる。
「あの、傷心って一体何があったのですか…?」
白薔薇さまはふっと瞳を曇らせた。
「いろいろ…ひとつひとつは小さいことでも積み重なれば大きくなるのよ。」
白薔薇さまは憂いたっぷりの仕草でもう一度髪の毛を掻き上げると、祐巳の手を離し、劇的なオー
バーリアクションで祐巳に向かって両手を広げた。
「ささ、祐巳ちゃん、いざ、わが胸に…」
「……!!」
ばたんと扉が開く。
「白薔薇さま!!祐巳から離れてくださいな!」
扉を開いて次の一瞬のうちに事態を把握した祥子さま、強し。
祐巳は困る間もなかった。
「ちぇー」
白薔薇さまは案外あっさりとぎぶあっぷした。
「お姉さま!」
祐巳は、数ヶ月振りに飼い主に再会した忠犬よろしく、尻尾を振ってお姉さまの元へ。
そんな祐巳に、小言の一つも言おうとした祥子さまは、代わりに微苦笑を浮かべた。
「間に合ってよかったわ」
「もうちょっとだったのに…」
仲の良いふたりを見守りながらぶつぶつと呟く白薔薇さまは未練たっぷり。
………あれ?
何時もの白薔薇さまだ。
怪訝そうな祐巳に、白薔薇さまはいたずらっぽいウインクを投げて寄越した。
「あ〜〜〜〜〜!!」
やっと騙されていることに気付いて真っ赤になって憤慨する祐巳だったが、後の祭りだった。


                               <fin>

 

もし、もし…あの時、館に入って来たのが祐巳じゃなかったら?
ということで
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